

さて、この町の歴史ですが、この町は軍事的な要衝として1778年に
今より少し南のパラグアイ川東部に設立されました。
当初はいやに長ったらしく、しかも、ポルトガル調の名称で、
ヴィラ・ジ・ノッサ・セニョーラ・ダ・コンセイソン・ジ・アルブケルク
(Vila de Nossa Senhora da Conceição de Albuquerque)でした。
また、パラグアイ対三国同盟(ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ)による戦後は
貿易の拠点として大いに栄え、今も他の2国の港町と貿易トライアングルを形成しています。
そして、パラグアイとの国境を流れるパラグアイ川を北上すると
今度はボリビアと国境を接しています。
さて、町の景観は港に近い場所と山の手では全く違い、川港界隈は古くて立派な建物が多く、
そして、その割には猥雑な街で、山の手はそれとは対照的に新しく、
アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビアなどに多く見られる碁盤目の町です。
※写真はサムネイル左から順にこんな田舎でもブラジルの粋である変わった様式の建築物
円形劇場サロモン・バルキ(Anfiteatro Salomão Baruki)、碁盤目の高級住宅街が並ぶ
ホンドン将軍通り(General Rondon Avenue)、この辺り特有の楽器ヴィオラ・ジ・コショ
(Viola-de-cocho)、そして、アクティブ画面はブラジル、ボリヴィアの国境となっている
をコルンバーの町とパラグアイ川(画面手前がボリビア)です。









